FC2ブログ
--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2017.04.04

Exhausted

 入社式を終えた新人が配属された。彼らはオフィスへ向けた挨拶をして、それぞれの部署へ向かっていった。その様子を、同期の水瀬さんは、チベット語で教えを説くダライ・ラマを見るような目つきで眺めていた。たぶん、私も同じような目をしていたことだろう。

 新人の挨拶が終わった。
 デスクで電卓を叩きながら、ふと考えた。彼らはどんな気持ちでいるのだろう。不安だろうか。それは期待の裏返しだ。期待だろうか。それはいずれ取って代わられる。期待以外のなにかに。その「なにか」を、私はまだひとつしか知らない。

「疲れてるみたいね」
 ある同期に言われた。否定する気は起きなかった。しかし、彼女の言葉は十分な形容ではなかった。英語にはもう少し適切な形容がある。Exhaust。「使い果たす、疲れる」という意味。

「なに言ってるの」
 笑いながら彼女は、私のデスクに一枚の請求書を置いた。
「支払いよろしく」

 彼女が置いていった請求書は、幹部連中の宴会費用だった。何の役にも立たない、しかし高価な宴会。――この宴会の費用を支払うために、私はここにいる。

 ゼロが6つほど並んだその請求書を眺めながら、私はジン・トニックを作るために搾った、昨夜のライムの欠片を思い出した。すっかり使い切られてしまったライム。いくら搾ってももう果汁は得られない。あのライムもまた、「疲れて」いたのだろうか。私と同じように?

 一日中電卓を叩いて過ごした。昼には缶のブラックコーヒーを1本飲み、パーラメントを3本吸って、すぐに仕事へ戻った。将来の支払いのための引当金を9億積んだ。相変わらず残業をしている経理課の課員を一瞥して、定時に職場を出た。

 こんな引当金の他に、もっと積むべき引当金はあるはずだった。今こうしている瞬間にも、未来で清算されるべき負債は私の中に蓄積され続けている。それらへの引当金は今のところ積まれてはいない。たったの1円も。

 少しだけ春めいた暖かさの中。車を走らせながらもう一度、昨夜のライムを思い出した。搾りきったライム。これ以上搾っても、みずみずしい果汁は得られない。代わりに抽出されるのは果皮の苦味ばかり。後は、ゴミ箱へ投げ捨てられるだけ。

 あらゆるものは移りゆく。その時々に応じた場所を得ながら。
 そしてやがて、存在すること自体にも終わりが来る。Exhaust。存在さえ使い果たされる。真新しいスーツを着た新人がすぐに街から姿を消すように。

 この場所から私が去るまであと少し。そのことはまだ、誰も知らない。
この記事へのトラックバックURL
http://arukusan.blog.fc2.com/tb.php/222-8f8b5c35
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。