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2017.02.05

On Gin Tonic

  グラスの中には、ジン・トニックが詰まっていた。すっかり氷で薄まったジン・トニック。
  出来損ないのそれを私は、口へ運ぶことも出来ず、かといって捨てることも出来ず、テーブルの上で遊ばせる。グラスの縁に当たった氷が、涼やかな音を私の部屋の中へ響かせた。
  一口、口に含む。まずい、と言って差し支えない、出来損ないのジン・トニック。
  一度、親しいバーテンダーに尋ねたことがある。どうすれば美味しいジン・トニックが作れるのか、と。彼女の答えは簡潔だった。
「手早く作ること、かもしれませんね」
  たった、それだけ。
「それだけ?」
  問いを重ねた私に彼女は答えた。
「それだけ、です」
  ですが――、と彼女は続けた。
「それだけのことが難しい時もありますから」
  出来損ないのジン・トニックを流しに捨てて、私はグラスを洗った。今度は正しいジン・トニックを作るため。
  洗ったグラスにアイス・キューブを詰めて、タンカレーを注ぎ入れた。続いてフリーザーからライムを取り出す。切り分けるためのナイフを取り出して――、手に取ったそのペティ・ナイフに、目線が落ちた。
  無骨な、それでいて洗練されたデザイン。持ち手と刃との間に、境を持たないナイフ。峰の部分にはMOKAの文字。私がこの一年の間に付き合った男からプレゼントされたナイフだった。
  どういう経緯でそういうナイフをプレゼントされたのかは、覚えていない。多分私が、普段はジン・トニックを飲んでいることを話したか、またはそうやってジン・トニックを作っているところを彼が見ていたか、そのいずれか。ジン・トニックを作るためには、ライムを切る必要があるから。そういう意味合いだったのだろうと思う。
  その男とは、付き合い始めてからきっかり一年で別れた。つい先週のことだった。
  別れはとてもスムーズだった。付き合う前には数えきれないほど多くの言葉を必要としながらも、別れるためにはたったいくつかの言葉で十分だった。男女の関係なんて、そんなものだ。振り返れば、交わした言葉の全てが別れのために紡がれたものだったのかもしれない、とさえ思う。
  その男から取り残されたナイフで、私はライムを八等分に切り分けた。切り分けた果肉にも刃を入れて、グラスの上で絞る。最後にシュウェップスとウィルキンソン・ソーダで満たして、完成。
  グラスの半分ほどを、一息に呷る。ジンとソーダの混ざりがいまいちだったかもしれない。表層部だけ、やけにアルコール度数の薄い、ジン・トニックだった。
「手早く作ること、かもしれませんね」
  ジン・トニックに関するバーテンダーの助言を思い出す。それはいま、少しだけ難しい助言だった。
  出来損ないのジン・トニック。そして、出来損ないの――。
  自嘲が漏れた。出来損ないのジン・トニックは一息に飲み干して、ストレートのタンカレーをグラスに注いだ。
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