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2015.12.19

Last regret

 バーでたびたび会うその人は夕子さんといって、私よりいくらか年上の人だった。
 初めて彼女と会ったのがいつだったか。それは覚えていない。でもそのときも間違いなく彼女はブランデーを飲んでいて、パーラメントを吸っていたはずだ。ちょうどあの日、彼女がそうしていたように。


 彼女と私が話すようになったのは、こんな寒い12月の土曜日の夜だった。
 きっかけはなんということもない。たとえば今日の風の冷たさや、煙草が増税されることや、それにこのバーで飲むカフェ・ロワイアルの味なんかについてだった。それにたぶん、お互い、それなりに酔っていたことも関係あるのだろう。

 そうして夕子さんと私とは時折バーで顔を合わせるようになり、やがてバー以外の場所でも会うようになった。たとえば町――熊本市の水道町辺りの繁華街――で待ち合わせて、ちょうどそのときに酔っていた勢いで熊本城に行ったこともある。
 
 酔っていた勢い、と言ったけれど、それはある意味では必然だった。
 私と彼女が会うときにはちょっとした約束事があって、最初に一杯だけ、どこかで飲むことにしていた。それはバーでも良いし、喫茶店で飲むワインでも良いし、またはハンバーガー・ショップでビールを頼むこともあった。ワインを1本買ってきて、どこかの古びたマンションの屋上で飲んだこともある。とにかくそうして少しだけアルコールを飲んで、それからどこかへ行くのだった。

 夕子さんは大学で哲学を学んでいた人で、そうした話をしたことも少なくなかった。バタイユだのレヴィナスだの、それらに詳しくなかった私には、彼女の言っている内容がよく分からないこともあった。彼女はそうした話をするとき、必ずブランデーを飲んでいて、こう言うのだった。
「人が作った哲学が人を救うなんて、馬鹿馬鹿しいと思わない?」
 そう言ってパーラメントの煙を吐いた彼女は、哲学によって救われることはなかった。彼女が自殺したのは、私が最後に会ってから1年後だった。

 時折、夕子さんと最後に会ったバーを訪れることがある。そこで彼女が飲んでいたのとおなじ、ポール・ジローを飲みながら、パーラメントを吸うことにしている。
 ただ、それだけの話だ。
 
 今夜の風は冷たい。このバーに来るのも、そろそろ最後にしようか。
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