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2015.09.26

On the wall

 3ヶ月ぶりに会った霧島先生は、私の姿を一目見るなり、
「今日は鉄板焼きだな」
 と当初の予定を突然に変更して、車を走らせた。
 もともとの予定だとイタリアワインを飲みに行くはずだったのだけれど、それはビール辺りに変更しなくてはならないようだった。

「元気にしてたか?」
 問いながら、霧島先生は器用にコテを使って、鉄板の上の海老をひっくり返した。香ばしい音が響いて、潮の香りがふわっと広がった。私は白ワインをふたつ、頼んでおいて答える。

「えぇ、それなりには」
「嘘だろ」
 即座に言われた。ククっと笑いながら、彼女は今度は帆立を鉄板へ乗せた。
「険のある目になってるよ。高校生の頃の目に、戻ってる」
「そう……ですか」
 自覚はなかった。が、高校時代の恩師である霧島先生からは、そう見えるのだろう。
「神代のことだから、『何があった?』なんて訊いても答えないだろうけどね」
 先生は海老に丁寧に胡椒をまぶしておいてから、帆立の裏側を確認して、ひっくり返した。豪快に見えて、先生にはそういう、繊細な一面があった。

 私は空になった先生のグラスに白ワイン――それはラングドック地方の、とても丁寧に醸造されることで有名なワイン――を注いでおいて、話を逸らした。
「このお店、よくいらっしゃるんですか?」
 問うた私に、先生は少し意外そうに答えた。
「いや? 職場の連中と来たことが何回かある程度かな」
「焼き方、慣れてらっしゃるので、てっきりお一人でよくいらっしゃるのかと思いました」
 お前な、と先生は小さく笑った。ロング・ピースを咥えて火をつけながら、彼女は続ける。
「女1人でここで鉄板焼き作る勇気は、まだないよ」
「先生なら出来そうな気もしますが……」
「それが出来たら、祭りの屋台でも開いた方が建設的じゃないか?」
 そうですね、と答えておいて私は、「建設的」とは一体どういう意味なのか、考えてみた。
「相変わらず、話を逸らすの下手だな」
 先生が呟いたその一言は、聞こえなかったふりをした。

 鉄板焼きは霧島先生が推すだけあって、とても美味だった。鉄板焼きという調理法が案外、ワインに合うことを私ははじめて知った。
 食後のコーヒーを飲みながら、お互い、無言で煙草の葉を焦がした。こういう食後の一瞬。沈黙して、それでいて気まずくない時間を過ごせる相手というのは、私にとって貴重だった。

「なぁ、神代さ」
 先生が、切り出した。それはなんだか今日、先生に言われることを私自身、覚悟していたような気がした。
 なんですか、と返しながら私はショート・ホープの灰を灰皿に落とす。
「なにか、壁があるなら、の話だ。そうじゃないなら、気にしないでくれ」
「……」
「壁の越え方を、どうこう言うつもりはない。っていうかな、それを超えるかどうかも大して重要じゃない、……と私は思う」
 トンネル効果の話じゃないからな、と小さく付け加えた霧島先生に、私は小さく笑ってしまう。高校の物理室で、教壇に立っていた頃の先生の話し方、そのものだった。一言一言を、光に映える小さな鉱石のようにささやかに告げる、その口調。
「壁は実は扉かもしれない、なんて陳腐なことは言わない。ただ、もしも壁にぶつかっているなら、そこに楽譜を描けば良いと思う」
 私の好きな、その口調。
「文章を書けるなら詩を書けば良いし、絵を描けるなら絵を描けば良い。そうしたら、」
 ふっ、と煙を吐きながら、先生は続けた。
「超えるべき壁がいつしか、永遠に残る記念碑になる。――私はそう、思ってる。お前はどうだ?」


 今日の日記は、ここで終わりにしておく。
 先生に私が何と答えたか。それはなんだか――ここに書くべきことではない気がするから。
 私が今日のことで、苦悩の壁に一篇の詩を書く気持ちになったことを記しておけば、それで十分なのだろうと思う。
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