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2015.09.11

Scarlett O'Hara

 バーのカウンター席で、ひとり考え込む金曜日の午後9時。
 手元には、カクテルグラス。グラスの底にほんのわずか残ったギムレットを、一気に傾ける。すっかりぬるくなったライムジュースの、心地悪く甘ったるい感触が喉を落ちた。しかしいまは、そのギムレットよりも重大な問題があった。

 来週、突然決まった出張のことだった。誰もが行きたがらない出張。無論私も、だ。
 ただ、必ず誰かが行かなければならないものだったし、私の会社にとってそれは、ある種のレゾンデートルでさえあった。

 カウンターの木目を眼で追いながら、考える。
 気が重い。同期の全員がそうしたように、はっきり拒絶しておくべきだったろうか。そうしたらこんなに悩むこともなかったろう。もっとも、拒絶したらそれはそれで、逃げ出した自分に後悔していただろう。まったく、どうしようもない性格だ。

 と、
「何かお作りしましょうか?」
 バーテンダーが声をかけてくれた。私はカウンターの木目を追うのを辞めて、彼女に告げた。
「なにか、おすすめを」
 何を飲むか、考える気分ではなかった。答えた私に、彼女は小さく「かしこまりました」と頭を下げて、サザンカンフォートのボトルを取った。そして手早く調酒を終えて、私の前にグラスを供した。クランベリージュースを使った、深緋のカクテル。スカーレット・オハラ。

 グラスを傾けながら、どうして彼女がこのカクテルを作ったのか、ぼんやりと考えた。
 スカーレット・オハラ。言わずとしれた、『風とともに去りぬ』の登場人物。しかしそれがどういう話だったか、まったく覚えていなかった。ただ覚えているのは、スカーレット・オハラが『アンパンマン』の『ドキンちゃん』のモデルになっているということ。この記憶は、いまはあまり関係がなさそうだった。

「どうしてこのカクテルを選んだの?」
 訊ねた私に、彼女はこともなげに答えた。
「悩んでいらっしゃるようにお見受けしたものですから」
 彼女の返事は、答えになっていないようで、答えになっていた。私は返事の代わりに煙草に火をつけた。

 ――After all, tomorrow is another day.

 彼女が呟いたのだとは、一瞬気付かなかった。それくらい流暢な発音だった。

「『明日は明日の風が吹く』と翻訳されることが多い言葉ですが、」
 そう言われてようやく、その言葉が『風とともに去りぬ』のセリフであることに思い至った。
 彼女は一言一言を、含むようにゆっくりと言葉にした。この言葉が、映画の最後の場面の台詞であること。この言葉を告げる直前、スカーレットは一筋の希望を見出したということ。だから、と彼女は続けた。
「『明日は明日の風が吹く』という投げやりな言葉とはすこし違う……もう少し、――希望を持った翻訳があるようにも思います」

 ――After all, tomorrow is another day.

 どう訳するのが適切なのか、彼女の言葉を受けて考えてみたけれど、よく分からなかった。ただひとつ確かなのは、そのスカーレット・オハラを飲み干したとき、私は少しだけ、出張を受け入れる気になっていた、ということだ。
 グラスを空にしてカウンターへ静かに置いた。木目模様が目に入る。どこまでも追ってみてもその模様は、同じ所をぐるぐると廻っていた。同じ所を廻り続けるそれが、扉の向こうの明日を迎えることはない。
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