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2015.09.04

Peaceful

 今日の経理課には、私と課長だけだった。他の課も空席ばかりが目立っている。
 私の職場には夏休みというものがない。その代わりに与えられる1週間の休みを、6月から10月の間で好きな時に使って良いことになっている。そうなると多くの人は、ラッシュに巻き込まれないために、盆の時期を避けて休みを取る。自然、今日みたいな平凡な週末に、休みが重なることになる。
 経理課も、ガランとしている。皆、海外へ行くと言っていた。

「平和だねぇ」
 欠伸をしながら課長が言った。

 「そうですね」と相槌を打ちながら、私は取引銀行に一本の電話をかけた。2週間前に依頼した照会への回答を催促する。回答期限は、今日に設定していた。
「午後5時までに回答を提示しなければ、当社が預けている資金の半分を引き揚げざるを得ません」
 そう言っておいた。その影響が決して小さくはないことは、先方もよく知っているはずだった。

 電話を切って、課長に紅茶を淹れてやる。たまには私も、こういうことをしたくなる時があった。いつも私が飲んでいるダージリンの紅茶葉を使う。ティーカップを供して紅茶を注いだところ、課長はすぐさま口へ運んだ。晴れ間が射した午後の空には、ダージリンがよく似合う。

 カップに口をつけた課長は、
「あっ、これ美味しい!なんかマスカットティーみたいな香りがする!」
 目を輝かせて、言った。その笑顔に、私は思わず、からかいたくなる。悪い癖だ。

「課長。それ、マスカットティーです」
 一瞬、カップの液面に目を落とした課長。彼はカップをしみじみ、受け皿に戻して、しょんぼりと落ち込んだ。
「マジかぁ……。僕、いま、ホントにバカみたいに真っ直ぐな感想言ったよね……」
「いえ……ストレートなのは良いことです」
「ごめんね、なんか、せっかく淹れてくれたのに」
 真面目に落ち込む課長が不憫に思えたので、本当のことを言った。それが実はダージリンであることを。
「なんだ、やっぱりマスカットの香りじゃん!」
 そのやり取りを見ていた他の課から、「経理課は、今日は平和そうですね」という言葉を貰った。悪くない賛辞だった。
 
 午後4時。
 退社前1時間のその時刻になっても、結局、取引銀行からの回答は無かった。その旨を課長に伝えたところ、
「とりあえず、全部の契約打ち切るって言ってプレッシャーかけよっか。なんなら実際に打ち切っちゃってもいいよ」
 ストレートな指示を貰った。
「そしたら、ちょっとは良い数字出してくるかなー?」
 無邪気にそう笑う課長は、平和そうな顔に見えた。あくまで関係がない人にとっては、の話だ。私は受話器を取って、取引先銀行の番号をプッシュした。
 30分後。青い顔をした銀行の重役が飛んできて、頭を下げた。今日も経理課は、「平和」な金曜日だった。
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