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2015.08.24

A letter

 町を吹く風に、冷たさが混じるようになりました。
 こんな瞬間に私は、夏が終わりに近づき、季節が秋へと移りつつあることを感じます。ジン・トニックを美味しく飲めるのも、あとわずかの間なのかもしれません。

 夏の終わりに毎年そうするように、職場近くのバーへ行ってカクテルを1杯飲むことにしました。
「神代さんは、夏が嫌いなんだと思ってたけどね」
 そんな軽口を言うマスターに、ブルー・ラグーンを頼みました。

 彼がレモンを搾りはじめると、たちまち、鮮やかな柑橘香がカウンターを満たしました。続いてスカイ・ウォッカとブルー・キュラソーをシェイカーへ。スカイ・ウォッカのボトルの深い青色は、遠い昔に過ぎてしまった夏を私に思い出させます。

 カウンターにグラスが供されました。レモンを飾った、シャンパングラスの中の軽やかな青色はまるで南の海からすくってきたよう。ブルー・ラグーン。青の礁湖。
 レモンの香りが爽やかに、グラスの表面を覆っています。あなたはこのカクテルを覚えているでしょうか。私があなたと最後に会った夏。あの銀座のバーで飲んだカクテルです。
 毎年、夏が過ぎていくたびに、私はそこに何か大事なものを置き忘れてきてしまったような、そんな気になります。
 あなたが好んだ宮沢賢治のお話を借りるなら、銀河鉄道の客車へ荷物も切符も置きっぱなしのまま、はくちょう座の停車場あたりで宇宙の只中へ放り出されてしまった夜。大事なものを置いてきてしまって、まさにそのことによって私自身もまた置き去りにされてしまう、そんな孤独な夜の喪失感、と言えば少しは伝わるでしょうか。私の比喩は分かりにくいので、あなたが分からなくても無理はありません。なくしたのは、だってあなたではなく私なのですから。

 ブルー・ラグーンを飲み干して、私はカウンター席でひとり、考え事をしていました。色々なことが、思考の隅をよぎっていきました。これから来る秋のこと、その先の冬の寒さ。仕事のこと。同僚と付き合い始めた幼馴染のこと。生きること。自ら、死を選ぶということ。

 カラン、とグラスの中で氷が音を立てました。頃合いでした。私は会計を済ませて、バーをあとにしました。
 バーの扉を閉めてひとり、町に立つと、冷たさを帯びた風が吹き抜けてゆきました。
 空を見上げると黒い雲が、まるでとぐろを巻く蛇のように分厚く渦巻いています。もうすぐここには台風が来るのだそうです。吹き荒び、狂える嵐の底から。あなたのこれまでの人生が沢山の幸せに彩られていたことを、私は願ってやみません。
 渦巻く雲の合間に、白銀の色に染まった月が浮かんでいます。夏の終わりにふさわしい、冬空に似合う月でした。
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