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2015.08.23

Festival

 毎年8月の23日と24日には、私の町で祭りが行われる。大津の地蔵祭り、と言えば熊本県下でもそれなりには有名な祭りらしい。
 
 この祭りの由来には、いくつかの説がある。そのひとつは死者の弔いだった。それは一本の水路と、深い関わりがある。
 この町の北の方には一本の水路が通っている。300年ほど前に開かれたその水路によって、この町は水を得た。水を引いたことによって、不毛の大地は田園地帯へと変わった。のみならず、水路がもたらした水運はこの町を交通の要衝へと変えた。
 その恩恵の一方で、その水路で亡くなった子供たちも少なくないと聞く。

 この町の水路沿い、「鶴口」という場所には、一体の地蔵が祀られている。民俗学が教えるように、「鶴」という文字は「津留」をあらわす。水でじめじめしたところ、という意味だ。そこに祀られた地蔵。子どもの守り神。その意味するところはしたがって、弔いのそれだ。命を落とした子どもと、それを救う地蔵。そうしたものが今日の祭りの起源にある。


 そんな祭りのために、今日は職場の同僚が来る予定だった。
 ビーフストロガノフとスズキのパイ包み焼きの準備をした。スズキが少し余ったので、アクアパッツァにしておく。ここに寿司が加わる予定だった。われながら、料理に統一感がない。用意しておいたアルコールは、ウイスキーからシードルまで。これだけで足りるだろうか。
 時刻は午後3時。遠くから、太鼓を叩く音や準備の声が響いてきた。隣町の料亭に依頼しておいた寿司を取りにいくのに、そろそろ良い時間帯かもしれない。車のキーを取り出して外出の準備を整えた。
 
 寿司を取りにいく途中で、水路の傍らにある一体の地蔵のもとに立ち寄った。いくつかのお菓子を供えて、手をあわせる。この水路で命を落とした幼い子供たちも、今夜は祭りに誘われて還ってくるのだろうか。そんなことを考えた。
 ちょうどそのとき、私のスマートフォンが着信を告げた。開いてみる。「もうすぐそちらに行きますよ」と、水瀬さんからのメールだった。了解のメールを返しておいて、私は再び車のエンジンをかけた。
 盆を過ぎたこの時期。大津の町には、やってくるものが多くなる。
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