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2015.08.10

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「神代さん、ちょっといいですか?」
 黒沢君に声をかけられたのは、昼休みに入ったばかりの正午だった。
「どうしたの?」
 私は振り返って黒沢君と、それから水瀬さんの姿を視認した。2人分の椅子を引いてやる。腰掛けながら、彼は問いを重ねた。
「今月の23日って空いてます?」
 問われて、手早くパソコンを操作してGoogleカレンダーを開いた。どこからでも予定を編集できる、そのクラウドサービスを私は使っている。8月23日。その日曜日の予定は今のところ、空白だった。
「特に予定はないみたいだけど」
「それじゃあ、一緒にお祭りいかない?」
 水瀬さんの言葉に、一瞬ぼうっとしてしまう。お祭りという言葉を聞いたのが、一体何年ぶりだったかと考えてしまったからだ。最後に祭りに行ったのがいつだったか――記憶にうっすらあるのは、高校生の時。10年近く前かもしれなかった。

 過去を想起していた私の沈黙を、否定と捉えたのかもしれない。水瀬さんは続けた。
「ね、たまにはいいじゃない? どうせ家で1人で酔っ払ってる予定なんでしょ?」
 ひどい言われようだ。が、事実なので否定できない。
「……どこのお祭りに行くの?」
 あまり遠くには、出たくなかった。
「何言ってるの」
 水瀬さんが呆れたようにつぶやく。そのあとは黒沢君が引き取った。
「神代さんの町ですよ。地蔵祭りっての、毎年やってるんでしょ?」
「あぁ……あのお祭り……」
 それ以外の感想は無かった。そういえば毎年、それくらいの時期にやっていた覚えがある。
「もしかして毎年行ってて飽きてるとか? 去年も行ってたりして?」
 半笑いで尋ねてくる水瀬さんに、私は簡潔に答えた。
「去年は墓地にいた覚えがあるわね」
「なんか、それはちょっと神代さん……」
「ゆずき。暗いって、それ」
 2人して失礼な反応を取った。暇だったので、少しからかうことにした。
「知らないの? 墓や仏壇って、最先端の技術なのよ」
 たとえば、と続けて私は黒沢君に問いを振った。
「生きてる人とコンタクトを取るとき、どうする?」
「そりゃ……会うとか、電話とか……」
 その通りだ。会うにしても電話にしても、決まった場所、決まった時間に、相手と1対1で繋がる必要がある。しかしながら、墓や仏壇であれば、そんな必要はない。どこか分からないけれど遠い空にいる相手を、自分の家の仏間にでも墓石にでも、好きなときに呼び出せる。
「だから仏壇や墓地っていうのは、」
 私は結論付けた。
「クラウドサービスのひとつなの」
「なるほど」
 頷く水瀬さんの隣。他課の男性社員が、飲んでいたコーヒーを吹き出した。こちらに、向かって。
「……っ!」
 避けることはできなかった。霧状のそれが、わずかに髪と頬を濡らした。

「……大丈夫?」
 水瀬さんが恐る恐る、言った。私は無言で、アルコールティッシュを取り出して、顔と髪にかかったコーヒーを拭いた。黒沢君が涙を浮かべるほど笑いながら、腹を抱えていた。申し訳なさと決まり悪さ半々で頭を下げた男性社員に、手を振って大丈夫だと伝える。
 からかおうとした報いかもしれなかった。8月23日の予定に「地蔵祭り」と書き込みながら、私は自分の言動を反省していた。
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