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2015.08.07

Bloody

 その紙幣を見た瞬間に、全員が言葉をうしなった。
 ポリ袋におさめられた紙幣。普通の紙幣をポリ袋に入れて運ぶ人はいない。ポリ袋の中のそれは、真っ赤に染まっている。その色は、ほかでもない。鮮血の色だった。

 もちろん、経理をやっていると血が付着した紙幣を見ることは少なくない。しかしそれが、「血に浸かった紙幣」となると話は別だ。ポリ袋の角には、真新しい液体が血だまりをつくっている。この状態で持ってこられたのだとは、受付者の言葉だ。
 経理課の全員から等しい位置。机の真ん中に、それは重々しく鎮座していた。誰の領域とも判断しがたい場所に置かれた血まみれの紙幣。全員が、この状況をどうにかしてくれる誰かを待っていた。そんな人が現れることは当然あるはずもなく、誰も手を出さないまま20秒が経過した。譲り合いの心は美しいが、それがどんな場合でも美徳であるとは限らない。
 こうしていても埒があかないので、私がポリ袋を取った。自分のバッグを探って、新聞紙を取り出してデスクに敷いた。続いて、使い捨てのプラスチック手袋を取り出す。
「なに、そのバッグ、四次元ポケット……?」
 こわばった表情の係長に問われた。手袋に指を通しながら答える。
「料理用です」
「なんで料理用の手袋がバッグに……?」
 自分でもよく覚えていなかった。その答えは、酔っていた昨夜の私しか知らない。
「金曜日は料理教室の日なんです」
 嘘でばればれの答えを返しながら、ポリ袋を開けて紙幣を取り出す。デスクに敷いた新聞紙に、血液が零れた。

「うっ……」
 見ていた他の課のだれかが、小さく漏らした呻き声が聞こえた。紙幣と血とが混じり合った、鉄臭いひどい匂いだった。血に浸かった紙幣の感触は、私の知る他のどんな物体よりも柔らかい。
「これ、数えたの?」
 お金の受付者に問う。彼は即座に、首を横に振った。当然だろう。私は、血でべったりと貼りついた紙幣を一枚一枚はがしながら、破らないようにゆっくりと数えた。

「全部で7万円あるみたいだけど、請求金額と一致してる?」
 彼は請求書を確認して、肯定した。私は紙幣をポリ袋に戻しながら、ひとつだけ、彼に依頼する。
「まだ入金処理はしないで。領収書も切らないでね」
 紙幣として通用することを確認しなければ、領収書を切るべきではない。経理の原則。もっとも、汚れの場合には、そう心配はいらない。どんなに汚れていても、大抵の場合は透かしで判別ができるからだ。しかるべき銀行に持っていけば、新札と交換してもらえる。

 手袋をビニール袋に包んで捨てた。それから、銀行へ行っても良いかを課長に尋ねる。「どうぞどうぞ」と了承を得ることができた。銀行が開く時刻を待って、銀行へいってくる旨を課員に告げた。すると、
「マネーロンダリングですね」
 後輩の小川さんに言われた。一瞬、考える。すぐさま思い当たった。その言葉の日本語訳は「資金洗浄」だ。上手い冗談、なのだろうか。
 小さく笑っておいて、私は人差し指にかけた車のキーをくるっと廻した。夏の朝。強い日差しを浴びてキーの真鍮がギラリと光り、血に染まった紙幣を一瞬、鈍い陽光で貫いた。今日もまた、暑くなりそうだ。
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