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2015.08.01

Reflection

 夕立が通り過ぎて涼しい風が吹いた。風に誘われて外を歩いた。
 田園の合間。吹き抜ける風が稲の緑色を揺らしてゆく。どこか遠くから、ひぐらしの鳴く声がかすかに響いていた。夜を待つだけの、静かな夕暮れ。茜色の空は、東の方から夜の濃紺に染まりはじめている。

 辺りに人の姿が無いのを確認して、私は一冊の冊子を取り出した。会社ぐるみで作成することになったプロモーションビデオ。就活生向けと聞いている。私も出演することになっているそれのための、台本だった。必要なのは「若干の演技」と聞いていたのだけれど、台本を読んでみるとそれが真っ赤な嘘であることが分かった。必要なのは「相当の演技」だった。
 台詞を目で追ってみる。私が一生の間で言う機会がないであろう台詞が、ずらりと並ぶ。一言で言うなら、仕事が出来るキャリアウーマンの、それ。私とは正反対だ。演じられる気が、まったくしなかった。たかだか数十枚程度のその台本が、ずしりと重い。

 辺りに誰もいないのをもう一度確認する。小さな声で、台本に書かれた台詞を口に出してみた。ただそれだけのことに、顔から火が出る思いだった。今更ながら、女優や声優の偉大さに気付かされた。同時に、自分自身の大根役者ぶりを認識する。いっそのこと、私の代わりに大根でも置いてカメラをまわした方が良いのではなかろうか。いやそもそも、職員を使ってこういう撮影をすること自体がおかしい。本来ならば、プロの役者を使用すべきところだ。そうだ。やっぱりこれはおかしい。そう思ったのだけれど、しかし考えてみると、私の会社自体も少しおかしい。だから納得した。これ以上考えることはやめにして、再び台本に目を落とした。

 しばらく音読を続けて、気付けばすっかり日が暮れていた。溜息の代わりに、ショート・ホープに火をつけた。
 祭り太鼓の音が遠くから聞こえていた。夏祭りの練習だろうか。煙を吐いて、台本から目を上げた。赤銅色に焦げた月が田園に映っていた。ダイヤ色の星粒は、水の中で冷ややかに瞬いている。私の悩みも同じように、田園の水に放り込むことができたらどんなに楽だろう。
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