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2015.07.31

Blue moon

 いくつかの誘いを断って帰宅した午後6時。暑い。梅雨が明けたのは良いけれど、この暑さには参ってしまう。猛暑のなか、ビアガーデンに行こうという誘いには、さすがに乗れなかった。

 シャワーを浴びて汗を流す。普段、運動らしい運動をしない私にとってこの瞬間は、少しだけ、夏の暑さを好きになれる瞬間だ。
 バスルームから出て、1杯目のジントニックを作る。暑さに負けてライムを省略して作ったそれを手に、窓際へと腰を下ろす。
 口に運んだグラスを一気に傾けた。氷点に近いトニックウォーターとジンとが、喉を通り落ちてゆく。一瞬ののちに感じる、氷柱を呑んだかのような冷たさ。小さく息を吐きながら、グラスを置いた。もう1杯作ろうと立ち上がり――、ふと目に入ったのは、壁に立てかけた刀袋だった。

 納められているのは、一口の日本刀。真剣。かつて、そういう武道を学んでいた時期があった。それなりの年数続けてきて、わずかながらの実績も残した。教える側にまわったこともある。しかし、あることをきっかけに縁を断ち、私はアルコールに溺れた。今では忘れた頃に行う手入れだけが、私とその居合刀とをつなぐただひとつの接点だった。

 適当に作った2杯目のジントニックを右手で握りながら、白鞘袋に納められたそれを左手に取る。つい左手で取ってしまうのは、染みついた癖。かつて、居合道――人によっては抜刀道と呼ぶ、その武道――をやっていた。これを他人に言ったことはない。これが剣道であれば、他人に言っても良かったのかもしれない。しかしそれは、剣道ではなかった。

 窓際、床に座る。白鞘袋に納めた刀を、立てた膝に添えた。昔の自分がそこに宿っている気がして、わけもなく溜息をついた。もしも私に、夏のこの暑さを好きになれた時期があったとしたら。その時、私の手に握られていたのは、間違いなくこの一口の刀だったろう。道場の暑さは、夏でも嫌いではなかった。――もう、昔の話だ。グラスのジントニックを飲み干した。夏の暑さは、嫌いだ。

 窓の外には、満ちた月。今月2度目の満月。頬に添えた日本刀の白鞘には、いつかの暖かみが残っている気がして、黄金色の月の下で小さく自嘲した。こういう月もブルームーンと呼ぶらしい。
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