FC2ブログ
--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015.07.23

Acting

「神代さんに出演依頼が来てるんだけど」

 朝からの打ち合わせ。唐突に課長から言われて、
「出演依頼、ですか」
 思わずオウム返しをしてしまう。

「うん、そう。うちのプロモーションビデオを作ることになったらしくてね」
「おー。すごい! 神代さんがテレビCMに出るんですね」
 係長が横から口を挟んだが、課長は首を振った。
「いや、就活生向けの映像みたいだね。うちの会社を知ってもらうために流すんだそうだよ」

 少し胸を撫で下ろした。一般向けの映像ならば、なんとしても断るつもりだった。もちろん、私などにそんな話が来るはずが無いことは分かっていたけれど。

「難しく考えないで、先輩社員の声って感じで。どう? 受けてもらえないかな?」
 そう言われては断れなかった。ひとつだけ、確認する。
「仕事のやりがいとか、そういうことを話せば良いんですね?」
「うん、そうそう。慣れてるでしょ?」
 仕事にやりがいなど感じたことはない。それでも話せと言われたら話すことは出来る。今まで幾度となくそうしてきたように。

「私で良ければ」
 小さく頷いて、私は了承した。ありがとね、と言って課長は早速、書類に私の名前を記入して担当課へ提出しに行った。


 2分で戻ってきた課長は、表情に申し訳なさをふんだんに散りばめながら、こう告げた。
「ごめん。若干、ほんとに少しだけなんだけど、演技もしてもらうんだって……」
「あら……」
 後輩の小川さんが、不安そうな声をあげた。
「課長、それは――」
 係長までが珍しく責めるような口調で何かを言おうとして、言いよどんだ。
「演技は無理でしょ、神代さんですよ?」
 皆の思いを代弁してくれたのは、非常勤の熟年女性だった。もっと言って欲しかった。私はというと、ポケット六法を開いたまま、一連の会話をまるで他人事のように聞いていた。

「どうかな、無理かな?」
「……無理です、と言ったら撤回できますか?」
 問いながら私は、課長の手元には先ほどの書類が既に握られていないことに気付いた。
「もう提出しちゃった」
 コツン、と頭を叩きながら彼は言った。手元に持っていた六法をその頭に投げつけたくなるのを必死に我慢して、
「では、――頑張ります」
 そう言うのが正解だったのかは分からないが、そう言うほかにはなかった。
「あ、それと、ね」
 言葉を選びながら、課長は続けた。
「本当にわずかな可能性なんだけど、もしかしたらホームページくらいには公開するかも、だって」

 呆気にとられた。二の句が継げなかった。
「ガンバ、ですー」
 小川さんが言った。
「ま、知り合いに見られることもないって」
 非常勤の女性。
「神代さん、米倉涼子の演技が参考になると思いますよ」
 とは係長。みな、他人事だと思って好き勝手言ってくれる。大体、米倉涼子の何が参考になると言うのだろう。
「だって神代さん、似てるじゃないですか。『交渉人』って見たことあります?」
 なかった。そもそも米倉涼子という人が誰だかよく分からない、とは言わなかった。
「そういうドラマがあってですね、それに出てる米倉涼子に似てるんですよ」
 似ていることと演技の上手さとは関係がない。と、考えたところで思考があらぬ方向に向かっていることに気付いた。

 帰りに、レンタルビデオ店にでも寄るべきだろうか。身の入らない午後の仕事を片付けながら、私はそんなことを考えていた。
この記事へのトラックバックURL
http://arukusan.blog.fc2.com/tb.php/144-7f19a267
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。