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2015.07.07

July 7

 七夕、というカクテルを出すバーがあった。そこのマスターはそうした行事には疎い男で、彼が季節限定のカクテルを出したのは、だからそれが最初で最後だった。もしかしたら評判が良くなかったのかもしれない。何しろそのカクテルはどこからどう見ても黒一色で、そうしたカクテルを求める人の期待する色ではなかったから。たとえば夕暮れの紫色とか、薄明のなかに灯る蛍の瞬きの色とか。そういう「七夕」のイメージには程遠いカクテルだった。
 私は彼に「七夕」をオーダーしておいて、そこに込められた意味を訊ねた。答える彼の言葉は簡潔だった。
「ないね、特に」
 数年前のことだった。
 だから七夕に真っ黒なカクテルを出した彼が、何を考えていたのかは分からない。ただ確かなことは、それから時を置かずして彼がそのバーをたたみ、フランスだかドイツだかに行ってしまったということだった。

 「七夕」がどうやって作られていたのかを、私はもう覚えていない。ベースがカカオリキュールだったのかコーラだったのかさえ覚えていない。コリンズ・グラスにコーヒーを注いでみた。見た目だけは「七夕」らしい。口に運んでみる。コーヒーの味がした。あの時のカクテルとはまったく違う。――当然だ。なぜならあのカクテルはカクテルで、これはコーヒーなのだから。

 なんとなく、考えることがある。彼がこの黒色のカクテルに込めた意味。それは織姫と彦星――ベガとアルタイル――とを隔てる、その距離が与える闇だったのかもしれない。1年に1度だけ晴れる闇が、その2人にとって最も適切な距離だったのではないだろうか。ちょうど、深淵の色に染まった彼のカクテルが与えてくれた心地よい孤独感のように。彼は夜空の闇色をしたカクテルで、そのことを表現したかったのかもしれない。
 

「真面目か」
 私の意見を黙って聞いていた風宮。ククク、と苦笑しながらも端的に感想を言ってくれた。隣の常連客も声を殺して笑っている。町の外れにある、小さなバー。
「そう……?」
「店閉めることを決めてたんだろ、そのバーテンダー。適当なカクテル作って適当なこと言ってただけな気がするけどな」
「真面目な人だったのよ?」
「真面目な人間なら、七夕に出すべきカクテルの色くらい考えるんじゃねぇか?」
「……たぶん、彼なりに頑張って考えたのよ」
 言ったが、自信は無かった。頑張るようなバーテンダーではなかった。
「ゆずきさんの考え方、私は好きですよ」
 この店のバーテンダーは、私に理解を示してくれた。私は礼を述べておいて、次に彼女に七夕の思い出を尋ねた。
 彼女の話が終わると、次は風宮、続いて隣の常連客――。七夕にまつわる思い出をそれぞれに話しながら、夜は更けていった。最後の常連客の話は腹を抱えるくらい笑える話で、いつか私も使わせてもらおうと思った。

 空は厚い雲に覆われている。町の片隅。星の見えない空の下。店の隅に飾られた小さな笹の葉が、風もないのにかすかに揺れた。七夕の夜はバーのカウンター席で、静かな談笑とともに過ぎていった。
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