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2015.07.03

Concorde fallacy

「これ、どう思う?」
 課長から渡されたのは、1冊の稟議書だった。現在、完成間近まで進んでいる、とあるプロジェクトに関するもの。そこに添付された予算書の数字にザッと目を走らせる。そのプロジェクトの予想最終損益は赤色で記されている。赤字、という意味。稟議を確認する。当初の予定通りに計画を進めて良いか、という稟議だった。私はその稟議書を課長に返して、
「コンコルド効果ですね」
 一言で片付けた。
「そうだよね、これ。誰か言わなかったのかなぁ」
 課長は首をひねりながら、後輩の子に話を振った。
「小川さんはこれ、どう思う?」
 課長から稟議書を受け取った彼女は、穴があくほど熱心にその予算書を読み込んでいた。

「あの、これって、赤字……になる予定ってことですよね?」
 稟議書から目を上げて、不安そうに尋ねる。課長は頷いた。
「なのに続けるんですか?辞めておいたらいいのにって思うんですけど……」
「それがさっき神代さんが言った、コンコルド効果だね」
 課長は言って、私を見た。小川さんも、ついでに係長もこちらを見つめてきて尋ねた。

 問われたので簡単に説明した。コンコルド効果。あることをこれ以上続けても損だと分かってなお、それまで費やしてきた努力やお金が惜しく思えて、つい続けてしまうことをいう。一般向けに経理の話をするとき、この話題は割と評判が良い。それだけ理解しやすい心理効果なのだろう。
 私は稟議書の数字を指摘した。今まで投資したのが6億。あと1億かければプロジェクトは開始することが出来る。が、それは赤字になる予定。とはいえ、ここでやめてしまったら今まで費やしてきた6億が無駄になってしまう。それを恐れる人が、
「当初の計画通り進めてよろしいか、って稟議を廻してるわけね」
「へぇー」
 小川さんと係長と、声が重なった。

「人の心理にもよく使われる言葉だね」
 たとえば、と課長は例を挙げた。
「パチンコで負け続けてる人が、『これだけ金かけて来たんだから、今やめたら損だ。続けるしかねぇ!』っていうのが典型だね」
「典型的な敗者の考えっ……圧倒的……絶望へ至る思考っ……!」
 係長が呟いた。思わず吹き出してしまう。ピンポイントで漫画の「カイジ」を思い出してしまったのは私だけではなかったらしい。
「なに?神代さん、心当たりある?」
 にやにやしながら言う係長に、「ありません」と冷たく答える。

「あー、でもなんか、私分かるかもしれません。クレーンゲームとかそうですよね」
 小川さんが会心したように言葉を発した。
「どうせ取れないって思っても、いままで千円もかけたのに、って思っちゃいます。あと少しで取れる、って考えちゃうんですよね……。続けちゃう気持ちも分かります」
「そうそう、それもコンコルド効果だね。神代さんはなにかある?」

 課長から問われて、少しだけ考えたが、思いつかなかった。元々賭け事や投資には縁遠い。が、一つだけ見つかった。深く考えることなく、口に出してしまう。
「ブランデーを飲んでる途中でボトルが空になってしまいますと、せっかくここまで飲んだんだからと、もう一本買いに行ってしまいますね」
「神代さん、それ、アル中――」
「なにか、言いました?」
 電卓のACキーを親指で弾きながら、私は係長に問う。
「……コンコルド効果ですね」
 係長の変わり身の早さは見習うべきだった。「こえぇ」と課長が軽口を叩いたのが聞こえた。

 コンコルド効果はとんでもない間違いへ私たちを導いてしまう。
 しかし経理の上では、その錯誤を避ける方法はとっくに開発されている。すなわち、過去に費やしたものを全て忘れて、未来だけを見て生きていけばいい、という。――それができれば、誰も苦労はしないというものだ。
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