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2015.07.01

On those who

 いわゆる「意識高い系」の人は苦手だ。有名人と知り合いであることをやけに強調したり、勉強会やセミナーに出席していることを声高にアピールするような、そういう人を「意識高い系」と呼ぶ。彼女はそういう「意識高い系」の人だった。

 私の職場では、1ヶ月に1度、経営戦略会議が開かれる。迷惑なことに、私も出席することになっている会議だ。多くの定例的な会議がそうであるように、その結論は会議が始まる前には既に決まっている。したがって、そこでの私の仕事は真面目な顔を作っておくことだけだった。会議の時間に皆が今後の経営方針を決める一方で、私は今夜飲むべきワインとカクテルの方針を決めていた。そういう会議。

 その会議室に彼女がいるのを見て、不思議に思った。私の同期。帰国子女の彼女は、オフィスでこれ見よがしに英語を喋り、休日に出席してきた研修のレポートを自ら部長に報告に行くような、そういう人。私の最も苦手とするタイプだった。それは部長も同じだったようで、彼女が部長室までやって来て提出したレポートを、その場で読まずに返却したらしい。なんとなく、笑える話だ。そんな彼女が、この会議の場にいることに嫌な予感がした。

 会議が始まっても彼女はそこに居た。嫌な予感は当たってしまった。彼女は会議の開始と同時に手を挙げて、ひとつのプレゼンを申請したのだった。この話が事前に上を通っていないことは、部長の顔を見れば明らかだった。あからさまに鬱陶しそうな顔。しかし議事録を録られている会議である以上、無碍に断ることも出来ない。部長は「手短に」と言うほかなかった。まったく、会議ほど面倒なものはない。

「お話する機会を与えて頂き、ありがとうございます」
 彼女はそう言ってプレゼンを始めた。「与えてねぇよ」と隣の副部長が小さく呟いたのが、私には聞こえた。私は苦笑を隠さなかった。副部長はこちらを見て、「困ったもんだね」というように眉をひそめてみせた。

 彼女のプレゼンは、長くて要領を得なかった。40分に渡るそのプレゼンを一言に要約すれば、「当社もFacebookやLINEで宣伝すれば、無料で宣伝できて利益があがります」という内容だった。彼女は売上と利益の違いを知らないようだった。

「何か質問はありますか?」
 長い長いプレゼンのあとで、彼女はそう問うた。質問は出なかった。それは彼女のプレゼンが完璧だという意味では無かった。彼女の無駄に長いプレゼンが、出席者を疲弊させるのに十分な破壊力を有していたという意味だった。また、そこにいるのが年輩者ばかりでSNSに馴染みがないということも関係していた。
 
 沈黙。時間だけが過ぎてゆく。彼女は自分の提案が認められたと思ったらしい。勝ち誇った顔でこちらを眺めている。このまま沈黙が続くと確かにそういうことになる。記録者の前に置かれたボイスレコーダー。そこから起こされる議事録には、彼女の提案に対して「異議なし」と記されることとなる。

 待っていても質問は出なかった。彼女はパワーポイントを閉じようとした。そのとき、部長が私を見た。目で合図をされた。それは、そういう意味だった。仕方なく手を挙げる。
「すこし、いい?」
 私は質問を開始した。ソーシャルメディアを使ったマーケティングにはあまり詳しくないが、仕方ない。

「無料で宣伝、って言ってたけど費用はかからないの?」
「えぇ。FacebookやLINE、TwitterなどのSNSは、無料で登録が出来るんですよ」
「LINEは法人の登録は有料だったと思うけど、今は変わったのね?」
「すみません。それは知りませんでした。でもそれって、たいした費用ではないですよね?」
「イニシャルコストで800万、ランニングコストで月250万だったと思うけど」
 イニシャルコストとは最初に導入するための費用。ランニングコストは、導入したそれを維持していくためにかかる費用のことだ。
「……じゃあ、LINEは撤回します。TwitterかFacebookです」
「その記事の投稿や更新は誰がするの?」
「外部に委託するとお金がかかるので、職員で――」
「経理課の立場から言うとね、」
 そう私は前置きして、職員の人件費の時給換算額を告げた。基準内給与、基準外給与、法定福利費の事業主負担分、企業年金に退職給付費用も加えた数字。それは大体、額面給与の1.4倍くらい。手取から見るとそれ以上だ。その数字に、投稿にかかる時間を乗じる。さらに1年間の投稿数を掛けた。電卓の盤面に、数百万単位の数字が算出された。
「これだけの費用をかけてもペイできるくらい、売上が上がるといえる根拠はなに?」
 彼女は、うちの会社のホームページへのアクセス解析結果を示した。プレゼンの1ページがスクリーンに映し出される。
「このGoogleアナリティクスの訪問者数からいえば、それくらいは上がるはずです」
「そこにリピート率があるでしょう? その数字、どういう意味か分かる?」
「どれくらいの人が、ホームページをリピートして何回も見てくれてるかってことでしょ?」
 リピート、という単語を彼女は流暢に発音した。
「そうね。その数字の通り、この会社のホームページのリピート率は高くなってるの。その属性分析はしてみた?」
「属性分析……?」
「どういう人たちが、うちの会社のホームページを沢山見ているのか」
 その分析、と私は続けた。
「そこまでは、まだ――」
「やってみるといいわよ。どうせ、関係者ばっかりだって結果になるから」
 関係者。つまり同業者、または取引先だ。そこに新規の顧客はほとんどいない。高いリピート率は、常連である法人顧客からの高い関心を暗示している。彼女が言うような個人顧客相手のB2Cの方法は、法人顧客を相手にするB2Bには通用しない。常識だった。
「それでSNSで新規顧客の開拓を望めない中で、どうやって利益を上げるの?」
「そんな否定するばっかりじゃなくて、まずやってみて、そこから考えていけばいいんじゃないですか」

 むっとした様子で、彼女は言った。これ以上彼女の自己実現に付き合う気はなかったし、そんな暇もなかった。彼女には悪いけれど、ここはそうした自己実現を図る場ではない。言いたくはなかったが、言わないわけにはいかなかった。
「貴女がいう、やってみるための費用をイニシャルコストって言うんだけど、ここで貴女がどれだけのイニシャルコストを費やしてるか分かる?」
「どういう意味ですか?」
「ここに集まっているの、重役が多いってことは分かるでしょ? 時給に換算すると、」
 すみません、と私は周りに頭を下げて続けた。
「大体8千円くらい。出席者は20名ってとこね。プレゼンが始まってから今まで1時間。だからかかった費用は16万円。それだけの価値が貴女のプレゼンにあったとは、私には思えないの」
 
「神代さんが言ってくれたとおり」
 あとは部長が引き取ってくれた。
「その提案は合理的でないため却下するべきだ」
 それにそもそも、と彼は続けた。
「こんなプレゼンがあること自体聞いていないんだが、これはここで審議する必要があるのかね?」
 部長の言葉に、他の役員が頭を振った。私は大きく深呼吸をして、自分の役目が終わったことを知った。

 根回しを行わない唐突な提案は、こういう結果に終わる。彼女はそのことを知らなかった。「意識高い系」という人達は、方向性は決して間違っていないのだけれど、その表現方法に問題があることが多い。
 そう、けっして方向性は間違っていない。だから、と私は彼女に声をかけた。他の人達が全員退出したあとの会議室。

「新規顧客を得る方法なら、『チキンラーメン』のSNSマーケティングが参考になると思うわ」

 言った私を、彼女は一睨みして無言で出ていった。馬鹿にされていると思ったのかもしれない。私は真面目だったし、馬鹿になどしていなかった。
 彼女が座っていた椅子をもとの位置に戻して、会議室の電気を消した。そして経理課に戻って、定時を待って退社した。自分の行動が正しいかどうかは分からなかった。ひとつだけ確かなことは、無垢な彼女を悲しませたことに心がひどく傷んだということだった。今の仕事は嫌いではないけれど、経理をやっていると、時々こういうこともある。
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