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2015.06.26

Siren

 そのサイレンは唐突だった。不安を煽るかん高い警戒音。自動音声で流れる火災発生と、避難の呼びかけ。出入り口の上に設置された非常灯は鋭い明滅を繰り返し、そこに避難経路が存在することを伝えていた。
 オフィスにいた全員が、デスクから顔を上げて周りの顔を見る。それはまるで、この中に事情を説明出来る人を探しているようにも見えた。火災報知器の表示盤を確認した職員が「2階です!」と叫んだ。その声に弾かれて、大半の職員がオフィスを飛び出した。彼らは避難したわけではない。現場を確認しに向かったのだ。――多分。

 閑散としたオフィス。そこに留まったのは私を含め、わずか数人だった。金を守る経理課と、個人情報を守る人事課。人事課では水瀬さんが眠そうな顔で転職サイトを眺めていた。こんな時でも彼女は、ぶれない。
 いよいよ私が災害時用にあたためてきたマニュアルが役に立つ時が来たかもしれない、と考える。こうした火災の場合。私の中のマニュアルによると、金庫から会社の通帳と銀行印を取って海外へ逃げることになっていた。出国する前に、私の隠し口座に有り金を全て送金しておくことも忘れてはならない。その金でプーケット沖あたりに家を買って、優雅な生活をすることになっていた。――しまった、と思う。マニュアルの破綻に気付いた。隠し口座を作るのを、すっかり忘れていた。今から口座を作っても間に合うだろうか。
 サイレンの音を聞き流しながら、私はそんな馬鹿なことを考えていた。きっと私みたいな人間が火事の時には逃げ遅れてしまうに違いない。

 やがて、現場へ向かった職員が戻ってきた。誤報だったらしい。どうして、と思う。誤報には誤報の起こる理由がある。
 支社長が理由を全員の前で報告してくれた。快刀乱麻が長所の彼にしては妙に歯切れが悪い報告だった。その要旨は、彼の最後の一言に集約されていた。
「なんか、職員が追いかけっこ、みたいなことしてて、転んだ拍子に押しちゃったみたいです」
 思わず笑ってしまった。私の会社にはそれなりのイメージがある。このイメージも崩壊するだろう。何しろ追いかけっこだ。何年かぶりに聞いた言葉。

 追いかけっこ禁止令が貼り出されることになるのだろうか。これからのことが少しだけ楽しみな自分がいた。自動通報を受けたのだろう。近づいてくる消防車のサイレンを、私は台風を待つ子どものように心弾ませながら待っていた。
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