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2015.06.17

Seal

 眠い。寝不足というわけでもないのだけれど、午後になって眠気がひどくなった。気分転換で無意味に社内を歩き廻ったが、一向に眠気は取れなかった。今日は帰って8時間以上寝よう。そう決めてオフィスに戻ってきたところ、

「あ、神代さん。いたいた」
 他課の後輩がひとり、私のデスクの前からこちらに手を振った。
 何か用事があって待ってくれていたのだろう。悪いことをした。
「ごめんなさい。放浪してた」
 言いながらデスクにつく。隣に、彼女のための椅子をひとつ引いてやった。
「あははっ。机があまりにも綺麗だから、今日休みかと思いました」
 椅子に腰かけた彼女が言う。私はデスクに物を置かない。備え付けのパソコンと電話の他は、電卓と万年筆とルーズリーフが置いてあるだけだ。
「いつでも辞められるように綺麗にしてあるの」
「えぇっ」
「冗談。それでどうしたの?」
「なんだぁ、良かったです。これ、支払いをお願いしたくて来ました」
 彼女は1枚の請求書と、その支払いに関する決裁を置いた。手に取り、ざっと目を通す。幾つかの事項を確認する必要があった。支払期限、支払方法、費用の帰属年度、消費税区分、勘定科目。そんなところ。特に問題は無かった。

「次の支払いだから――25日付けで支払っておくわ。それでいい?」
「はいっ、よろしくお願いします」
「今度から、私がいなかったら請求書と決裁だけ置いていってもいいからね?」
「ふふっ、今日来たのはそれだけじゃないんですよー」
「なに? 仕事の話?」
「仕事の話なんてしないですよ。これ! これのお誘いです!」
 言いながら、彼女はジョッキを傾けるジェスチャーをしてみせた。飲み会、という意味のそれ。
「……古くない? そのジェスチャー」
「えぇー、そんなことないですよ」
「やってる人、今時見ないわね」
「みんなやってますよ。うちの課長もさっきやってました、これ、日本酒バージョン!」
 そう言って今度は、猪口を口元で傾ける仕草をした。
「あぁ、分かった。そうやって飲みに誘うのって、40過ぎた管理職ばっかりだから古く感じるのね」
「あっ、そっか。なるほどです」
「行動自体より、その行動を取ってる人によって印象が与えられる、ってとこかしら。勉強になるわね」
「たしかにそうですね、私もときどき――あ、えぇと、ちがいます! そんなのどうでもいいですよ! 他の課とも合同でやるので、来てくださいって話です!」
「悪いけど、パス。うちの係長でも誘ってあげて」
「係長ですかぁ……」

 私と彼女。黙って係長に目をやる。その2つの視線に気付いたらしい係長は、こちらに向かってピースサインを出してきた。何か勘違いをしている気がする。
「うわっ……」
 と、彼女が呟いたのが聞こえた。
「ほら、たぶん来てくれるわよ。暇そうだもの」
「係長じゃなくて神代さんがいいです」
「彼の方が私よりよっぽど盛り上げてくれるはずよ」
「神代さん、レアキャラだから居てくれるだけでいいんです」
 私は普段から、他課との飲み会には顔を出さない。知らない間にレアキャラにされていたようだ。
「あとで出欠用紙廻しますからねっ! よろしくお願いしますよーっ」
 言って彼女は去っていった。賑やかな後輩だった。気付けば、いつの間にか眠気はすっかりなくなっていた。

 帰り際になって、その出欠用紙が廻ってきた。それを見て、やられたと思う。私の部分だけ、回覧用の押印欄と出席希望用の押印欄とが、絶妙にひとつにつながっていた。これでは、どう判を押しても出席になってしまう。妙なところで仕事熱心なものだと感心する。胸ポケットから取り出したシャンパンゴールドのシャチハタで、そこに判を押した。それを彼女の課のメールボックスに投函して、そのまま退社した。用紙の押印欄。上下逆さまに押された私の判子は、さてどう判断されるだろう。
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