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2015.11.30

Winter makes

 予算策定の仕事を適当に終わらせて、オフィスを出た。
 車のシートに身を落ち着けて、窓を開ける。煙草に火をつけて、溜息混じりに煙を吐いた。私が日記を書かなくなっているうちに、いつしか空気も風も、真冬のそれになっていた。窓から吹き入る鋭い風が頬を刺す。

 このところ、幾つかの変化があった。
 ひとつには、仕事をしていると、「恐い」と言われることが多くなった。私は何かに苛立っているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。どちらでもいいことだ。ただ、そう評されることも気にならなくなる程度には、仕事に対する興味を失っている。それは確かだ。

 いまひとつには、文章を書いていて自問することが多くなった。自問しては、書きかけた文章を消去してきた。
 誰へ、何を伝えたいのか。
 そう。一体、誰へ向けて? 居るのか分からない読者へ? または、鬼籍に入った「彼女」へ? 何を? 限りない共感と絶望を。限られた言葉で。馬鹿馬鹿しい。


 駐車場から、街の姿を眺めた。
 日が暮れて、一気に気温が下がったようだった。気の早いクリスマスイルミネーションが、かたく凍てついた街を彩っている。LEDの青い光が照らし出したビルの姿はまるで、鉱石のように淡く冷ややか。それは私に、ボンベイサファイアのボトルを思い出させた。死んだ幼馴染が好んだ、蒼色のボトルのジン。

 変わったことの3つめ。
 苦手だったそのジンを、最近ようやく好きになれた。もちろん、いつでも手の届くところには、まだ置けないけれど。

 今夜は日本酒でもあけよう。軽い、果物のような香りのする日本酒なら何でも良い。それでボトルの色が青色なら、もう言うことはない。そんな日本酒はあっただろうか――。

 ひとつだけ、思い当たった候補を頭に浮かべて、私は車のエンジンをかけた。アクセルを踏むと、イルミネーションの光が車窓の後方へ走り抜けてゆく。その光跡をサイドミラーに追いながら、私はほんのすこし、頬が緩んでいる自分に気づいた。
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2015.11.13

Speed

「なんか嫌なことありました?」

 職場で尋ねられて返答に困った。心当たりはいくつかあった。が、それをおもてには出していないつもりだった。

「そう見える?」
「いえ、なんとなくですけどね。あはは」

 あっさりと返されて、考え過ぎだったことに気付く。
 
 仕事を適当に片付けて、ぴったり定時で家路に着いた。仕事は嫌いだ。
 仕事からの帰り。ショパンの舟歌がラジオから流れていた。
 水の流れに揺られる舟のような、心地よいトリルが車内を満たした。こんな波に揺られて落ちる午睡は、とても素敵な時間の過ごし方。

 煙草を取り出して咥え、火をつけながらアクセルを踏み込んだ。スピードメーターは80kmを指している。そういう気分の一日だった。ラジオから流れるBGMはいつしか、ホワイトゾンビに変わっていた。

2015.11.11

Aunt(2)

 叔母が私に遺したものは、数多のボトルと、数冊の日記だった。
 
 遺品となるそれらには、もう古いものも少なくなかった。
 ウイスキーに封をするためのコルクはすっかりボロボロになっているものもあった。叔母の記した日記の数ページは、煙草で焦がしたのか、あるいはアルコールを零したのか、読めなくなっていた。叔母はそうしたものも含めて、酒と手記とを私に遺した。それが彼女の意思だった。
 
 今日は仕事を休んで、家の近くの公園に行った。
 吹き抜ける風が気持ち良い。もうすぐ雨が降ることは分かっている。それでも――だから、この晴れ間に吹く風を私は好きだった。吹く風には、湿った香りが混じっている。公園の真ん中、広場では子どもたちが遊んでいた。

 ベンチに座って、叔母の遺したスコッチを取り出した。
 ロングロウ。18年。
 滅多に目にすることのない銘柄。ウイスキー。
 グラスを持ってきてはいたものの、それを使うのはなんとなく叔母に失礼な気がして、ボトルに直接、口をつけた。――広場の子どもたちがこちらを見ていないのを確認しながら。

 ロングロウはスモークの香りが強いウイスキーだ。飲み慣れていなければ、一口で吐き出しかねない。しかし慣れると、不思議と、軽やかな後味が残るようになる。それはとても心地よい感触。
 まるで――どうして涙が溢れる?――叔母のようなウイスキーだ、と思う。叔母はそういう人だった。日記を読んでも、彼女の経営したバーの評判を聞くにつれても、そう思う。

 目尻をハンカチで拭って、空を見上げた。
 雨を前にした、清々しいまでに青い空だった。どこまでも抜けるような空。そこへ祈ってみても無駄な気がして、私は代わりに、ボトルのウイスキーに願った。遠いところへ旅立った、叔母の冥福。それが届かないことを私は知っている。

2015.11.04

Aunt

 敬愛する叔母がいた。
 彼女は私にブランデーの飲み方と、雨が降る夜の過ごし方を教えてくれた。

 それを私が実践できる年齢に達するより早く、彼女は私の前から姿を消した。一冊の手記だけを残して。
 いまから10年ほど前のことだった。


 それから彼女がどこで、一体何をしているのか。知る機会はなかった。親戚に聞いてみても、誰も明確な答えは教えてくれなかった。彼ら自身も、その答えを知らなかったのだろうと思う。そのこと自体が、口ごもる理由のひとつだったのかもしれない。

 彼女がどこで何をしているか。いや、――正確には、「何をしていたか」。
 それを知ったのは、彼女の訃報と同時のことだった。

 結論からいうと、彼女は故郷の町から遠く離れた北の場所で、小さなバーを経営していた。彼女の名誉のために記しておくと、それは確かに「バー」なのであって、だからカクテルの技術で勝負をする店だった。そして彼女はその勝負に、勝っていた。とても評判の良いバーのようだった。食べログに残された、客からの口コミが叔母の人柄と技術とを物語っていた。

 今夜はとても晴れた、天の果てまで見渡せるような澄んだ星空が広がっている。
 よく彼女がそうしていたように、ショートホープを咥えて、火をつけた。
 もしも叶うなら、彼女の経営していたバーに一度、行ってみたかったと思う。そしてあのバーに特有の、気だるい午前2時の空気の中。すっかり客も帰ってしまって静けさに落ちるカウンター席で、彼女と話をしたかったものだと思う。――その願いは、もちろん、もう叶わない。

 ショートホープの煙を吐きながら、この煙草を吸うようになったのもまた、彼女の影響だったことを思い出した。私の生活の少なくない部分が、彼女の模倣であることに今更ながら気付く。彼女がこんな風に、涙を流しながら煙草を吸うことは無かったろうと思うけれど。
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