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2015.10.27

...

雨が降っている。

傾けたワインから葡萄の香りが立ち昇る。安物のワイン。家のデスクに肘をついて、広げた掌に額を預ける。音にならない溜息を吐く。

今日の文章は日記にならない。
雨が降っている。雨粒が落ちる音に混じって、涙が地面にぶつかる音が聞こえた気がした。私の細い手首を伝った涙。しばらくやみそうにない。雨は降り続けている。

閉め忘れた窓からは涼しい風が入ってくる。その冷たさが私を慰めてくれているような気がして、もう少しだけ泣くことにした。
何度経験しても慣れない。人の死というのは。
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2015.10.20

After work

 仕事を適当に終わらせて退社する午後5時。エントランスを出て駐車場へ向かう。
 私の職場から駐車場までは、少し距離がある。その距離を、誰にも会わないように足早に歩く。終業後に職場の人とは、できることなら会いたくない。無論、数人の例外はいるけれど――。

「神代さんっ」
 背後から声を掛けられる。辺りには、私だけ。さすがに無視するわけにもいかず、歩みを止めて振り返る。「例外」に属する人だったのが幸いだ。
「おつかれさまですっ!」
 私よりいくつか年下の男性社員が走り寄ってきて、隣に並んだ。彼が言ったのと同じ言葉を返しておいて、私は歩みを進めた。

 隣で彼が、取り留めのない話をはじめる。
「俺、最近バスケ部に入ったんですよ!」
「バスケ部……?」
「そう、うちの職場の部活ですよ。あ、そういや剣道もあったなぁ。神代さんもどうですか?」
 冗談ではない。時間外手当を払われたとしても断りたい。
「あいにく、剣道には興味ないの」
 言いながら、私はわずかに歩調を落とした。彼より私の方が、わずかに歩調が早かった。
「あぁそっか。竹刀と日本刀ですもんね」
 かつて私が居合道をやっていたことを知っていたらしい。
「たしかに神代さんなら日本刀のが似合う気がしますね」
 という。
「どういう意味よ、それ」
「凛としてる、ってことですよ」
 破顔した彼に、これ見よがしにため息をついてみせた。
「一応、褒め言葉と受け取っておくわ」
「一応じゃないですよ」
「はいはい。それで、何か用事だったんじゃないの?」
「いえ、ただ見かけたから声かけただけですけど」

 私は提案した。このまま帰るのも、つまらない気がしたから。
「それじゃ、一杯付き合わない?」
「いいですね。神代さん、明日休みですか?」
 私は返事の代わりに、小さく微笑んでみせた。休日前の夕方には、こういうこともしたくなる。
「奇遇ですね、俺もですよ」
「それじゃ、こっち」
 私は来た道を引き返して、曲がり角を右に曲がった。その先に、悪くないカクテルを出すバーがあった。
 空は高くどこまでも晴れていて、夕焼けの色が不思議なくらいに心地よく空へ溶けていた。こんな夕暮れに飲むテキーラ・サンセットの味を思い浮かべて、自然と笑みを漏らしながら私は彼の腕を引っ張った。
2015.10.17

A book

 朝。起きてコーヒーを淹れる。時々、私は手抜きをして一杯立てのそれを淹れる。
 カップに注がれたコーヒーに、煙草を一本つける。ショート・ホープ。
 一口目のコーヒーを傾けて、煙草を咥えて火をつけた。蜂蜜にも似た甘い香りが広がる。私はコーヒーに砂糖もミルクもいれない。甘さは煙草が与えてくれるのだから。

 アルコールのそれとはまた異なる、煙草のもたらす酩酊に酔いながら書棚から一冊の本を取り出した。
『ノルウェイの森』。村上春樹。適当なページを開く。

 頻繁に論評にあがる作家。それは、良くも悪くも。
 煙草の葉を焦がしながらページをめくる。
 この小説の主人公を、私はどうしても好きになれない。彼を一言でいうなら、「かわいくない子ども」と言ったところだろうか。そういう子どもを愛せるだけの広さを、私は未だ持てないでいる。――あるいはそれを持った時点で、私はこの小説の登場人物となるにふさわしい資格が与えられるのかもしれないけれど。

 煙草一本が燃えてしまうくらいの時間。
 この本を放り出すのには、それだけで十分だった。私は煙草を灰皿に押し付けてから、カップに残ったコーヒーを飲み干した。

 今日も一日が始まる。
 空は高く、青かった。それは昨日と同じ空だった。小説のように大きな変化など、起こりようもない空だった。
2015.10.15

Colorless

 1日ぶりに出勤すると、私のデスクはいつもの休み明けと同様に、書類で埋め尽くされていた。
 コーヒーを飲みながらその山を片付けているうち、一枚の書類に貼られた付箋に気付いた。「神代大先生へ」と宛名書きしてあるそれは、他課の係長からの請求書発行依頼だった。私は時々、こういう呼び方をされることがある。その意味を深く考えたことは、あまりない。多分、深い意味なんて無いのだから。

 依頼通りの請求書を発行しておいてから、1日中をぼんやりと過ごした。
 周りのひとの話は、全く心に留めることなく聞き流した。風景がひどく色褪せて、現実感の乏しいモノクロ写真のように見えた。

 周りのものに、興味を持てない自分がいた。

「――だからこれ、来週まででいいわよね?」
「……え?」
 水瀬さんに問われて、不意に我に返った。彼女が手にしていた書類を見てようやく、自分たちが税務監査への対応策を検討していたことを思い出した。

「あ、あぁ……。ごめんなさい。いいんじゃない」
 一瞬言葉に詰まりながら答えた私に、水瀬さんは心配そうな表情を浮かべて問うた。
「ゆずき、大丈夫……?なにか今日、あった?」
「本当にごめんなさい。なんでもないの」
「そう……?それならいいけど。無理はしないでね」
 答えとは裏腹に、私はなんとなく、この希薄な現実の理由に見当がついた気がした。そのことは言わないで、水瀬さんと打ち合わせを進めた。

 それから自分のデスクに戻って、ぼんやり考えた。
 多分これは、燃え尽き症候群というものだった。先の3連休に、私はとても大きな――しかしそれは多くの場合にそうであるように、他人から見ればとても小さな――、試練を受けた。それを試練と表現するのが適切なのかは分からない。しかしそのために、私は1年間、準備を続けてきていた。その意味でそれは疑いなく、ひとつの壁なのだった。
 そうしたプレッシャーから解放されたことで、現実は現実味を失った。スリルのないゲームがもはや、ゲームではないように。

 平板に過ぎる一日を終えて、私はこうして北海道ケルナーを飲みながら日記を書いている。
 色のない日常も、そう長くは続かないことを願って。
2015.10.09

Before holiday

「ごめんなさいじゃないでしょっ!」

 3連休前の金曜日。午後。静かなオフィスに、怒りを帯びた声が響いた。
 声の主は、隣の課のベテラン社員だった。
 彼女が、隣に座る――彼女自身より20は若い――女性社員に言い放った言葉だった。

 そのベテランの彼女は、論理的なのか感情的なのか判断のつかない叱責を続けている。
 どうやら仕事のやり方について文句があったらしい。向こうから水瀬さんが、「なにか面白いことやってるね」と言いたげな笑みを浮かべながら私を見ていた。私は苦笑する。
 今、叱責しているベテランの彼女は、いつだったか水瀬さんにも同じように食ってかかったことがあった。それは、しかし相手が悪いというものだった。彼女のその試みは、水瀬さんの一分の隙もなく構成された完璧な反論と、「もしかして、バカですかー?」という煽りによって、ものの見事に失敗した。

 だが誰しもが、水瀬さんのように出来る訳ではなかった。
 叱られていた女性社員は、やがて、顔を天井へ向けた。瞳に溢れた涙をせめてこぼさないようにするための、それは彼女の最後の、多分プライドだった。

 ささやかなそれが決壊してしまうまで、時間はかからなかった。
「私が話してるんだから、こっち見なさいよ。ほら」
 そう言われて、若い女性社員はハンカチで顔を覆い、小さな嗚咽を漏らし始めた。それでも、ベテラン社員はなおも続ける。
「泣けばこの問題解決するの? 違うよね?」
 優しさを装ったその口調は、追い詰めるための口調。女性社員の声にならない嗚咽が、くぐもって聞こえている。もう、沢山だった。

 私はどちらの立場が正しいのかは分からない。ただひとつ確かなのは、相手が泣き出すような叱り方というのは、仕事において3流以下の人間がするものだ、ということだった。ついでに言うなら、そこに居るよりもそこに居ない方が、周りにとって望ましい人間というのも組織には存在する。

 声をかけた。
「その辺にしておいたらいかがですか?」
 彼女の矛先が、一瞬でこちらを向いた。
「なに? 今、話してる最中なんだけど。見たら分かるでしょ? ね、神代さん?」

 その後のやり取りは、想像に任せることにする。書いていて、あまり気分の良いものではない。
 ただひとつ。叱られていた彼女が帰りに私に声をかけてきた。ありがとうございました、と。
 私は答えた。気分良く3連休を迎えたかっただけだから気にしないで、と。
 その時に、彼女は小さく笑みを見せてくれた。そのことだけを記しておけば十分だ。
2015.10.08

Tell or

 今日は休みを取った。有給も夏季休暇も余っている。消化するように言われていた。

 休みを取っても、特にすることもない。朝から軽く掃除をして洗濯をした。
 コーヒーを淹れる。それで私はようやく、今日一日をどうやって過ごすべきか、考え始める。

 いままで幾度となく考え続けたこの問いに、答えがないことは既に知っていた。
 その答えになっているかどうかは分からないが、シャトー・モンテュスあたりの白ワインを空けることがこれまでの私の回答だった。ついでに駅の近くの小さなパン屋でサンドイッチを買ってくるといい。空には雲一つない青空が広がっていて、グラスの中には麦わら色の白ワインが満ちている。悪くない休日の朝の過ごし方だ。

 携帯にメールが来た。
 その表現しがたい着信音に、溜息を飲み込みながら煙草に火をつけて、スマートフォンを操作する。
 最近、友人の紹介で懇意になった男性からだった。
 妙に馴れ馴れしい文面だが、憎めなかった。そういうところがメールのやり取りを続ける理由のひとつになっていた。やり取りはあくまでメールで、Lineやメッセンジャーは使っていない。それらは返信を催促されているようで、嫌だった。

 左手の親指でメールの返信を打ちながら、考える。
 いま、右手でショート・ホープを焦がしていることを告げたら、このやり取りも終わりになるだろうか。煙草を吸う女性は嫌われる。それくらいは知っている。それを告げることがどのくらい効果があるか。知りたくなかった、と言ったら嘘になる。失礼な話だ。
 ――あるいは、右手でワイン・グラスを傾けていることを告げたほうが効果的なのかもしれないけれど。
2015.10.06

Band

 音のない夜のために、私は部屋の片隅からギターを取り出した。ずっと触っていなかったそれは、ほこりをかぶっていた。アルコールティッシュでケースと本体を軽く拭きあげる。磨き上げられたアルミ製のボディがたちまち、光沢を取り戻した。
 タルボ。そういう名前の、エレキギターだった。購入したのは、ずっと昔。――まだ高校生の頃だった。

 何を弾こうか。
 考えるより先に、左手の指先が弦を押さえた。ピック代わりに右手の中指の爪で弦を弾いた。震えた弦が紡ぎ出したその旋律を耳で追う。それでようやく、私の弾いている音楽がB'zのそれであることに気付いた。

 Real Thing Shakes。

 随分と昔の曲。私が高校の学園祭で、全校生徒の前で弾いた曲でもある。そういうことをやっていた高校生だった。

 竹鶴を傾けながらギターを爪弾く。
 ギターソロの音譜もまだ、左手の指が覚えていた。が、とても追えない。音を追おうとして、指が絡まってしまう。当然だ。もう10年以上、ギターを触っていない。
 

 ふと、当時一緒にこの音楽を演奏したメンバーのことを思い出した。女ばかりのバンドだった。

 この曲を選んだのは、ボーカルだった。
「歌えないね、こりゃね」
 演奏後にそう言って笑った彼女は、学園祭をきっかけにある男子生徒から告白された。2人は5年前に結婚した。彼女は今は2児の母。

 ドラム。
 物静かだった彼女。今どうしているか、私は知らない。ただあの学園祭以来、彼女はクラスの中で一目置かれていた。それくらい、立派な演奏だった。控えめだった彼女も、やがてクラスを引っ張っていくような存在になっていた。それから彼女は東京の私立大学に進学した。もしかしたら今は、熊本に帰ってきているのかもしれない。

 私はギター。
 他のメンバーとは違って、この演奏を通して私だけ、何ひとつ変わることがなかった。強いていうなら、ライブのあとに下級生の女子たちからファンレターというか、そうしたものを貰ったことくらい。何の自慢にもならない。

 ベース。
 私の幼馴染だった彼女。小さな手で、太いベースの弦を押さえていた姿を覚えている。バンドの要となる、ベースの低音。彼女の演奏はいつだって、安定的な音をくれた。しかしその音を聴くことは、二度とできない。なぜなら――。

 静かな夜だった。
 Real thing shakesのアウトロをなんとか形になる程度にまで弾いた。指がすこし、痛かった。錆びた弦を押さえたせいかもしれなかった。いびつな音の波を部屋の空気に溶かして、私はギターをケースにしまった。今は鬼籍に入った彼女がそこに宿っている気がして、ギターケースを奥深く、見えない場所に隠した。
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